歴史上の人物の血液型

■徳川将軍家

2代秀忠はO型、6代家宣がO型、9代軍家重(吉宗の子)がA型、12代家慶がB型、桂昌院(5代綱吉の母)はA型。となると、初代家康はAB型ではないことになります。

 2代 秀忠 O型

 6代 家宣 O型 父・徳川綱重 O型

 7代 家継 A型 母・月光院 A型

 9代 家重 A型

 12代 家慶 B型

 14代 家茂 A型

《出所》

 鈴木尚著『骨は語る 徳川将軍・大名家の人びと』

 鈴木尚他編『増上寺 徳川将軍墓とその遺品・遺体』

 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/1414/risa-t/zoujouji.htm

 

■その他

 豊臣秀吉 O型(血判より)

 北条政子 O型(遺髪より)

 大久保利通 O型

 夏目漱石 A型

 伊達政宗 B型(遺骨より)http://www.zuihoden.com/

 西郷隆盛 B型

 藤ノ木古墳の被葬者(2人)B型

 

■未確認情報

 織田信長 A型(血痕・遺髪より)http://ameblo.jp/rallygrass/entry-10823746808.html

 

信長は理念の英雄、A型か?【能見正比古さん abo mate 82年5月号より抜粋】

 織田信長については、まだ血液型を調べる試みがなされてなく、推理するほかはないし、世上に伝えられるイメージからは、私はためらいもなく、A型と見る。

A型の一般社会人は、世間や周囲に合わせて自分を抑制するタイプが多いが、その内面は、実は、最も激しい。ときには爆発的ともいいたい気性を潜める。育つ環境によっては、自己抑制の必要に迫られず、その烈しさをむき出すA型も少数ながらいるものである。

 小国ながら、戦国大名の子に生まれれば、自己抑制の必要感は乏しい。そうなると逆にA型は、自分を閉じこめようとする周囲に烈しく反逆する。信長の少年時代の奇矯な振舞いは、そのA型性が、なまのまま出ている。

 桶狭間の戦いは、全く0型にはない行動。0型は現実的勝負師で、勝つ見こみの少ない無謀な戦いは、まずやらない。意地を立て、自分の筋を通そうと必死捨て身の戦いに出るのはA型である。もっともB型も一か八かの投機を好み、奇抜な作戦を好む。戦いぶりだけならB型の伊達政宗とも共通する。

  ただ、信長が政宗と異質なのは、人を信じきれず、心を傷つけられると、回復しにくい点で、これもA型の一つの特色だ。信長の光秀に対する執拗ないびりも、その例だが、昔、そむかれ、一旦は許した諸代の重臣佐久間借盛を、三十余年後、罪を問い直し、追放するなどは、A型としても極端さに驚く。B型の政宗となると、自分を毒殺しようとした母親を、三年後には再び招いて、同じ館に共に住んでいるのである。